FC2ブログ
劇団劇作家ブログ
現在、劇団劇作家に参加している劇作家がお送りする日常のあれこれ
個人差と相互性
2015年09月05日 (土) 17:18 | 編集
先日、坂本鈴さんと話していて、ふと「女子が美容院に行くタイミング」の話になった。
坂本さんから「陽子ちゃんは、どういうときに美容院に行くの?」と聞かれたので、

黒川 「暑くて髪の毛が鬱陶しくなったときと、寒くて髪の毛が乾きにくくなったときですね。おおまかに言えば年に二回、〈毛刈りの季節〉が来たと感じたときに行きます」

と答えたところ、

坂本「違うでしょう、好きな男の子と会うときに行くんでしょう!」

と、たしなめられた。
私のレベルが低すぎるために、坂本さんの発言まで初歩的になってしまって申し訳ない。

黒川陽子
スポンサーサイト



お茶と芝居
2014年03月14日 (金) 16:23 | 編集
 『劇読み』のお祭りが終わって一か月半。日常が戻ってきたが、3.11の日がまた来て、またあたふたと気持ちが騒ぐ。茫然としてまた時間だけが過ぎていく。


 子供の頃からお茶に親しんできた。母が好きだったので自然にお稽古に通うようになったのである。近年、時間に余裕の出てきた友人と時々、お茶を楽しむ。誰かの家であったり、桜の季節には公共の茶室を借りたり。
 お茶は本来はお茶事を指す。食事をだし、そのあと主菓子いただき、濃茶を飲む。席を改めて前席と違ってリラックスした席で干菓子をいただき薄茶を飲む。歓談もできる。
 私たちはただお菓子とお茶を楽しんで一日過ごす。亭主(もてなす方)は自分のもっている道具の中でその日にあったお軸、花入れ、花を選ぶ。花屋に売っている花ではないので苦労する。空き地の花、ご近所の花。水差し、茶碗、茶入れ、棗、建水、茶杓など、その日にあった物を選ぶ。みな、道具もちではないので自分の範囲で精いっぱいの用意をする。当日は亭主はお掃除をして、お香をたいて、打水をして客を待つ。客は亭主の心遣いを感じ、感謝の気持ちでお茶をいただく。お茶は亭主とお客の気持ちが通ってはじめて成立して至福の時間を過ごす贅沢なライブである。


 劇場で思う。笑ってくれる泣いてくれる観客がいてそこに素晴らしい芝居が生まれる。芝居の世界を堪能できる。最近、劇場に行くたび、緊張する。いい観客になろう。皮肉っぽい批評家であった自分を日々反省する昨今である。


佐藤喜久子
ハレ、のち、日常
2014年02月14日 (金) 16:12 | 編集
 演劇がハレの日のものだという捉え方が変わってもうだいぶ経つと思いますが、やはり『劇読み!』の期間中は非日常だった気がします。

 
 ご参加・ご協力くださった皆様がよく「楽しかったぁ~!」と言ってくださるのが本当にありがたいのですが、私自身も、緊張や気遣いや忙しさはもちろんありましたが、それを含めて、楽しい日々だった気がします。


 そこから、早二週間。
 日常が戻ってきているのですが、なんとなく、『劇読み!』前の日常よりも、少しだけ丁寧な日常を過ごしている気がします。

 
 掃除や料理、洗濯をすること、メールや手紙を書くこと、仕事の打ち合わせや原稿を書くことから食事をすることまで、ハレの日を経た後は、ほんの少しだけ日常を見る目が、豊かなものに変わっている気がします。
DSC_0451.jpg
 写真は、安売りのキノコを煮物に使い、残りを天日干しにしたもの。手作りの干ししいたけの香りに、身体がゆるむ日常です。


篠原久美子
五所川原『立佞武多(たちねぷた)の館』
2012年12月01日 (土) 14:02 | 編集
 秋田県の北部に嫁いだ娘の家に逗留。今日は女房が運転する車で、太宰治の生家『斜陽館』に出かける事に決めて、青森県五所川原に出かけてきました。
 東北自動道五所川原北インターで降りる所を、間違えて一つ手前の東インターで降りてしまったお陰で、『斜陽館』に行く手前で『立佞武多(たちねぷた)の館』を発見。軽い気持ちで覗く事に…。ところが中に入ってビックリ、会館6階建てドームに高さ22メートルの巨大な武者姿の像に度肝を抜かされました。
 それもその筈で、『立佞武多は、五所川原人の「もつけぶり」(馬鹿さぶり)、気概を計る上で大きな要因だ。何事にも風呂敷を広げ、言ったからには実行せざるを得ない。言わなければ良かったのに、自分も他人もひっそりと後悔し、つぶやく。でも、もう遅い。やるしかないのだ。やるからには、思いっきり、派手に、笑いと馬鹿さ加減をともにして日々、戦う。危ういプライドと焦りを背景にして、何度も何度も後悔しなおす。日に日に、広げた風呂敷の大きさと形が見えて来る。結果は思った以上の喜びの形。ほめ言葉は、「よくやったな」の思いを押し殺して、「まんず、もつけだいな」(馬鹿だな)」。何をやっても五所川原人はそうだったはずだ。でかい事、派手な事が大好きで、やりたがって、若干の後悔とともに、結果、やってしまう。「立佞武多」は、先人たちの意地と気概を起させてくれた。』と案内のパンフレットの案内の文面に大納得でした。
長くなりそうなので続きは、後日に…。


三浦実夫
マーマレード
2012年04月17日 (火) 22:09 | 編集
 早朝バイトの帰り道、近所の方が高枝切り鋏を持って玄関から出てこられたところにお会いしたので、普通に「お早うございます」とご挨拶をした。すると、「夏みかん、持って行かれませんか?」というお返事。「いえいえ、そんな申し訳ない」「いえいえ、うちもたくさんなるので持って行っていただけると助かります」といった、実に日本人らしい会話の末に、その方は高枝切り鋏を器用に操作し、コトンと見事に二つの夏みかんを、歩道の側に落として下さった。
 拾い上げるとまだ葉の付いた二つのいのちは、私の手の中で柑橘系独特の爽やかな匂いを放って、私の目と鼻を開かせた。
 「酸っぱいですからね、マーマレードにして召し上がって下さい」


 家に帰ると早速、ネットで「夏みかんのマーマレード」のレシピを検索し、台所に立った。
 「必要な物」の項目にあった「種を入れる出汁用の袋など」が無かったので、手ぬぐいを切って小さな巾着まで縫った。縫い物の苦手な私には信じられないことだ。なにしろ、高校時代、文化祭のバザーに出すクッションを木工用ボンドとホチキスで仕上げ、友人から「小道具か!」とツッコミを入れられた伝説を持つ裁縫嫌いなのだ。なのになぜか、小さな種も出ないようにと縫い目を細かくしたり、紐を通すところをまつり縫いしたりしている。しかもそれが楽しい。これはほとんど奇蹟ではないか、妙に嬉しくなってくる。
 マーマレードは時間がかかる。身をすくい取ってジュースを搾って皮をむいて千切りにして、その皮を水を換えながら5回くらい絞り洗いして2時間おいて…。でも、楽しい。絞り洗いをする手に夏みかんの香りが移るのが嬉しい。その手を嗅いでみると体の中に夏みかんの風が吹く。中火でグラニュー糖を少しづつ入れながら、ずっとかき回し続けているのも楽しい。熱で上がるほのかな蒸気の中に、さっきまでとは違う香りになってきた夏みかんを肌で感じる。毛穴が匂いを楽しんでいるのが分かる。


marmalade.jpg
 そうして出来た、夏みかんのマーマレードの写真です。二瓶弱、出来ました。
 手前にあるのが、手ぬぐいで作った、種入れ用の巾着です。


 さっそく、何も付けずに焼いたトーストにたっぷり乗せて食べました。


 春のいのち、ごちそうさまでした。


 でも、どうしてこんなに楽しかったんだろう…。


 それは、締め切り前だからです…。


 篠原久美子
copyright © 2004 Powered By FC2 allrights reserved. / template: hoxai