FC2ブログ
劇団劇作家ブログ
現在、劇団劇作家に参加している劇作家がお送りする日常のあれこれ
タイトル
2014年09月19日 (金) 10:36 | 編集
今月の終わり、清水邦夫作「火のようにさみしい姉がいて」を観劇する予定だ。
この作品の初演の時は20代だった私も今は還暦をすぎ、ドキドキして、コクーンへ行く日を待っている。60になっても、ドキドキするなんて、なんて素敵なことなんだろう。あの時の山崎努、そしてなんといっても岸田今日子…。
清水の作品は、詩を連想させる素敵なセリフがちりばめられた中に、しかしそれはけしてメルヘンチックではなく、いつだって濃密な劇的空間を展開しているところが、テネシー・ウイリアムズに通じるものがあり、わたしをドキドキさせるのだと思う。
あの作品は確か、ホーム・カミングの反ホームドラマと云うべきものであったと記憶している。あの姉の存在感…。
しかし何と言っても、火のようにさみしい姉がいるのだ!このタイトルの秀逸さ…。これに限らず、若い頃の私は、彼の作品のタイトルに、まずやられた。
いまはない新宿文化へ向かう、心ときめく道すがら、タイトルをつぶやいてみる。「鴉よ!おれたちは弾丸をこめる」「ぼくらが非常の大河をくだる時」「泣かないのか?泣かないのか1973年のために?」エトセトラ、エトセトラ…。
あの時の連司や魔子や敬三達…。
そして私は、といえば、タイトルだ。
新作は30年も前から「ミロンガ」に決めている。なんて平凡なタイトルだろう。なんのことはない、学生時代に入り浸っていた喫茶店の店名だ。今も神保町で古書店めぐりをした帰りにタンゴを聞きながらひっそりとウインナコーヒーを飲むお客相手に店は開いている。
その頃からタイトルは決まっていたけれど、書かなかった。というか、書けなかった。けれど…書かなきゃ!


大森匂子
スポンサーサイト



白河の蔵座敷
2012年05月13日 (日) 13:50 | 編集
 「ご出身はどちら」と聞かれたら困る。私は生まれたのは福島だが一歳半で神戸に引っ越した。神戸出身にした方がおしゃれかなと思い、神戸と答えてきたが、福島出身の人に会うと同郷の人と言う親近感がある。
 両親は福島の仲通りの出身。神戸で育っても毎年、夏は福島で過ごすことが多かった。
 父方の祖父母はいなかったが母方の祖母は元気で毎年私たちの訪問を喜んでくれた。『都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関』でよまれた陸奥の入り口、白河が母方の生家である。
 祖母は母屋の長い廊下をたどっていった先の蔵座敷に一人で住んでいた。地震に備えて、年寄は蔵座敷に住むのが安全だからと聞いたが。やはり東北には昔から地震が多かったのか。私はかび臭い薄暗い蔵は苦手だった。冷たい石段を上がると十畳くらいの座敷があり曾祖父と曾祖母、祖父の大きな写真が飾ってあって、子供の私にとってそこを通るのも恐ろしかった。祖母はその奥のだだっ広い座敷に北窓の明かりを頼りにして一日中、針仕事をしたり本を読んでいた。三十年日当たりの悪い部屋で過ごし祖母は、11月3日の文化の日の朝、孫が蔵の戸を開けたら亡くなっていた。祖母のいた蔵は数年前、道路拡張で取り壊されて今はない。
 佐藤喜久子
見送る
2009年11月30日 (月) 22:38 | 編集
映画の題名と細かなストーリーを忘れてしまったのだが、心にひっかかっているラストシーンがある。
ヨーロッパの近代的な空港から、男女の乗った飛行機を見送る娼婦。
娼婦はその国で体を売って生活している。映画の中で性病を移される(もちろん移している)男たちが出てくるし、稼ぎ先のホテルの従業員に「仕事が早く終わったら頼むよ。」と簡単にオーダーされる。娼婦は明るいキャラクターに設定されているから、いわゆる陰惨さはにじませないのだけれど。
彼女が見送っていたのは、本国ではエリート医師だった黒人男性と、イスラム圏の若い女性。どちらも訳ありで不法滞在、ゆえに差別的な視線を浴び、最低賃金の仕事をしている。娘は雇用と引き換えに雇い主の性欲のはけ口にさえなる。
ドラマは、二人が臓器売買を通じて出会うところで展開する。闇商人がいて、エリート医師の過去をネタにゆすり、秘密の手術を依頼する。娘はその商人にレイプされる。その二人に同情した娼婦は、危険を顧みず、体を売る合間に二人の手助けを買って出る。
と、もうずっとひどい話が続くのだが、最後は医師と娘がそれぞれの母国に帰るというハッピーエンド。そのラストシーンが、娼婦のガラス越しの顔。そう、いろんなことが解決して、それぞれの名誉や生活が回復され、祖国に戻っていく中、二人に損得抜きで力をかした娼婦の状況だけが全く変わっていない。
彼女は今夜も、経済的には豊か、文化的には高尚とされる先進国の街角で「へい、あいていたら頼むぜ。」と男に買われるのだろう。
「あんたたちはいいわよね、抜け出せて。」と言わない娼婦だけに、彼女の全く変わらないであろう日常が気になって仕方がないのだ。

有吉朝子
太田省吾さん
2009年07月13日 (月) 16:56 | 編集
著書の数々
2年前の今日、7月13日、劇作家で演出家の太田省吾さんが亡くなった。
私は、ちょうど10年前の今頃、湘南台市民シアターというところで太田省吾さんの「千年の夏」に出演していた。同シアター主催のプロジェクト公演だった。当時、太田省吾さんは湘南台市民シアターの芸術監督をされていて、私はそこで生まれた「宇宙儀」という劇団にいた。「宇宙儀」はこのシアターで行われていたワークショップの参加者で構成されていた。
太田さんはこのシアターで「シニアのためのワークショップ」というのを企画されて、それは初期の頃から何度も繰り返し行われていた。今でこそ、シニア演劇というのはあちこちで聞くが、当時としてはかなり珍しかったのではないかと思う。転形劇場の女優さんから聞いた話だが、その人は転形劇場が解散した後、風の便りで太田さんがお婆さんを集めて演劇をしているという噂を聞いてどんなのだろうと不思議に思っていたそうだ。実際は、五十代以上の人が対象の即興で芝居を作るワークショップであった。私は当時はまだこのワークショップに参加するには若かったが、一回だけ、三十代以上という枠で行われた時があり、その時、実際にこの即興のワークショップを体験した。
テーマはこのワークショップ定番の「葬儀の帰りに」だ。四、五人のグループごとに誰かの葬儀の帰りにどこかに集まっているというシチュエーションを作って、その中で自由におしゃべりしていく。自由におしゃべりといっても、そこは演劇なので、みんな面白いことをいわなければならない。日常ではなかなか言わないようなこと、普段感じていてもあまり口に出さないこと、フィクショナルなことなどを言ってみるのだ。それを太田さんはじっと聞いていて、太田さんから見て面白いと思ったところを指摘していく。次にやるときには、その指摘されたところを、太田さん流にいうと、「もっと垂直に掘り下げて」いくのである。話が水平に流れてしまってはいけない、垂直にである。このようなことを毎日、一週間くらいやっていると最後にはあるシーンがきちんと出来ているのである。
太田さんの文章や言葉の中にはいつも「生」と「死」があった。「生と死」を見据えることで「今、ここで」の輝きを見いだしたいという願いのようなものがあったと思う。
身長が180センチ以上もあるベートーベンみたいな長髪の日本人離れした立派な風貌の太田さんが私たちと一緒にいるとき、私はときどきこびとの国にやって来たガリバーを連想した。
私たちはワークショップの終わった後や、芝居の稽古の終わった後、太田さんとよく飲みに行った。たいてい湘南台駅近くの「華の舞」だった。太田さんは冷やの日本酒がお好きだった。飲み会の席でも、即興のつづきのような話題が出る。ある時、誰が言い出したのか、死んだらどうなるのだろうという話で盛り上がった時があった。太田さんは、ゆったりとお酒を飲みながら「俺は死んだら天国より極楽がいいな。天国ってなんか厳しそうだもん。極楽の方がのんびり出来そうだよ。」とユーモアたっぷりにおっしゃった。その時の言葉が忘れられなくて、私の作品「ホーム・カミング・ロード」の中で老女3に言わせている。
太田さん、今頃は極楽でゆったりと過ごされているに違いない。

村尾悦子
思い出を筋肉にしないで
2009年06月09日 (火) 23:22 | 編集
ヴィヴィアン・リーという女優を知っているだろうか?
『風とともに去りぬ』のスカーレット・オハラ、世界で一番ウエストの細い女性と言われた往年のハリウッド女優だ。なるほど、銀幕のなかで踊る彼女の腰は、まるで砂時計のようである。

さて、わたしのウエストは砂時計どころではない。
腹は大きく突き出し、遠くから見れば満月に間違われる。それをみて人々は「腹筋運動をしないからだ」と笑うが、果たしてそうなのだろうか?
一体、わたしのお腹のなかには何が詰まっているのだろう。

そこには思い出が詰まっているのである。
3段腹とは3段に波打つ思い出。1段目は初恋の思い出で、中段は初めての朝、3段目は失恋、横っ腹は酔いつぶれた夜の思い出。
わたしは思い出デブなのです。

それに比べてヴィヴィアンのガラス細工のような貧相なウエストはどうだろう?
あの女優は「思い出」を棄てて、スターダムへと登りつめた「ちゃんねー」なのだ。

わたしが腹筋運動を嫌うのも、あれは思い出を筋肉に変える運動だからである。
ビリー・ザ・何とか・キャンプが流行っている、こんなフザケた時代だからこそ、腹をヘコませてはならない。6ブロックの腹筋なぞ敵だ。政敵だ。民主主義の敵だ。

思い出を筋肉に変えてまで腹をヘコませたいのなら、どうぞ腹筋運動をして、スターダムへ登りつめればいいだろう。
だけど、そんな人間にわたしはなりたくない。
墓の下に「思い出と優しさ」を持っていける人間にわたしはなりたい。


☆上原英司☆
copyright © 2004 Powered By FC2 allrights reserved. / template: hoxai